大使の北原巌男氏と花田吉隆氏が当時の状況との現状の相違点を説明された。(報告者:山口建人)
【講演の概要】
1 インドネシアとの和解について
東ティモールの過去20年間における最大の成果は、インドネシアとの和解であるが、それが可能であった理由として5点考えられる。シャナナなどの指導者の強いリーダーシップの存在、悪かったのはスハルト大統領と軍部という整理の仕方、人口200倍の隣国インドネシアとは仲良くしなければならないという現実、ゆるしの宗教であるキリスト教の影響、東ティモールにおける女性の声の弱さ、がその5点である。しかしながら、東ティモールの人々が本心からインドネシアと和解しているかどうかはわからない。
2 東ティモールとSDGs
SDGsの成立過程において、最も大きな議論になったゴールがゴール16、平和的な社会である。このゴールは、持続可能な開発についての伝統的な考えからはずれるためであり、G77プラス中国の主流派はこれをゴールに入れることを強く反対していた。これに対して、東ティモールは敢然とゴール16の重要性を主張した。最終的にはゴール16は取り入れられることになったが、東ティモールのこの貢献は忘れるべきではないと思う。
3 政治的不安定性と世代交代
昨年6月にルアク首相を首班とする政権が成立したが、提出された閣僚リストのうち、何人かについてル・オロ大統領が任命を拒否し、財務大臣、商務大臣、保健大臣など主要閣僚が欠けた状態が1年以上継続している。ル・オロ大統領は初めての党派的な大統領であり、内閣・国会と対立した状況になっており、言って見ればコアビタシオンを生み出している。このような状況が早急に改善される見通しは立っていない。一方、シャナナは閣僚ではないために、一部の重要な政策決定が内閣の外でなされている可能性があり、表の政府と裏の政府の二重構造になっているように感じられる。
一方、歴史的指導者がいつまで政権を握っているのか、という問題があり、IRIによる世論調査によると80%の人が世代交代には賛成している。しかしながら、若い世代の政治家について具体的な名前をあげよ、という質問に対して、69%の人が名前をあげていない。また、歴史的指導者に対する信頼性も非常に高く、当面世代交代が起きる可能性はあまりないと思う。
4 経済的持続性
2017年、2018年の経済成長率はマイナスであった。政治的不安定性ゆえに、予算が成立しなかったというのが理由であり、依然として東ティモール経済は政府予算に依存しており、民間セクターは弱い。その政府予算は石油基金にかなり依存しており、毎年80%程度が石油基金から引き出されている。石油基金は4月現在173億ドルあるが、2022年にバユ・ウンダン・ガス田が終了し、そこで石油ガス収入が途絶える可能性が高い。
一方、グレーター・サンライズ・ガス田の開発について東ティモール政府は、自国内における上流産業、パイプライン、下流産業の創設に熱意を燃やしており、このためにコノコ・フィリップスおよびシェルからシェアを56。6%買い入れた。しかしながら、GSガス田開発全体に100億ドルから150億ドルかかると予想される中で、どのようにファイナンスするのか、リスク計算はどのようになっているのか、操業開始はいつになるのか(シャナナは2026年と言っているが)、根本的な疑問が多くある。
現在石油基金法改正が国会で議論されているが、これが成立するとティモール・ギャップが直接石油基金をコントロールするようになると思われ、そうすると石油基金がGS開発のために多く使われることになり、石油基金がどの程度持続可能なのかよくわからない。これは、東ティモール経済の持続性にかかわる問題であり、非常に強い関心と懸念をもって見ているところである。
【パネル討論会・質疑応答の概要】
北原巌男元東ティモール大使は、日本から小泉総理以降、歴代外務大臣・総理大臣誰も東ティモールに行っていなかった中で、河野大臣が方されたことは成果だったと思う。そして、和解、女性の地位、SDGs、世代交代、石油基金に関して以下のように述べた。
和解
指導者が言って国民が支持している。基本的には仲良くやることについて国民が支持している。インドネシアとの闘争は忘れることはできないし、べきではない。亡くなった方々が報われない。独立してよかったと言える国を作らなければいけない。そのためには未来志向で国づくりをするべき。
女性の話
防衛大学に留学生を送ろうとした。グスマンに二人と言ったら、女性はダメかと言われた。ジャングル戦で苦労したのは女性と子供。女性の視点から取り組める人材を育成したいと思っている。
SDGs
東ティモールはよく取り組んでいる。MDGsの頃から成果をHPに出している。中国の進出激しい。グスマンは中国に感謝した。対価、覇権を求めなかった。利用できる国は全て利用するしたたかさがある。これからどう開発するかが困難な問題。
世代交代
2017年の大統領選挙で、グスマンはフレティリンに負けた。グスマンは野党と一緒に国づくりをやろうとした。アルカティリが首相についたが、少数与党内閣でうまくいかなかった。1月に解散、昨年の選挙があった。ローローさんを支持し、グスマンが候補者を出さなかったあたりからおかしくなったと思う。だから、なかなか世代交代できないのではないか。
石油基金
産業がないのが致命的、出稼ぎで稼いでいる。入管法が改正され、日本語学校の数が増えた。しかし、そう簡単には来れない。産業を残しつつ出稼ぎもやっていかなければならない。
元東ティモール大使で日本国際平和構築協会副会長である花田吉隆教授はグローバルな視点からの分析は有意義であろうとは2つのコメントをした。
インドネシア:東ティモールの政治家によるリーダーシップは東ティモールの紛争後の発展にとって決定的であった。インドネシアからの商品や資本の流れなしでは今日の東ティモールの繁栄は想像できない。一方、東ティモールがインドネシアの経済に吸収されてしまっているという議論は、疑いの余地はない。独立後の17年で東ティモールは経済的独立を一部失ったように見える。もし、これ以上インドネシア化が進んだら、最近東ティモール議会が施行した土地法を、注意深く見ていかなければいけない。中国の一帯一路政策は東南アジア地域に焦点を当てており、東ティモールは主な目標の1つである。日本の東京とダーウィンの間のLNG航路は、中国の東ティモールへの戦略的投資から守らなければならない。
上記のコメントを踏まえて、南大使からのコメントは、以下のとおりの説明があった。
1 土地法に関して
土地法は日本の法務省の協力もあり、成立しているが、関連法、たとえば土地登記法が成立していない。それゆえに土地登記はまだできない状態である。このために、外国からの直接投資も進まず、担保がとれないゆえに民間銀行からの低利での融資ができず、民間の起業家が出て来にくい状態になっている。
2 中国との関係について
中国から多くの民間ビジネスマンが入ってきており、小売業を中心に展開している。一方、東ティモールの人々のビジネスを奪っていると目されているために、中国人の評判はあまり良くない。中国政府の姿勢は正直言ってよくわからず、どのような方針でいるのかは不透明である。中国政府がある一定の方針をもって、民間部門と一致団結して東ティモールに戦略的に対応している、というような判断はしない方が良いのではないかと思う。
3 東ティモールの国家経営について
東ティモールにおいては、民主主義は定着しているが、国家経営がうまくいっているという印象は持っていない。官僚システムが十分に機能していないし、公務員の能力は依然として高くない。また、民間資本は育たず、労働力の質は高くない。根本的な問題としては教育の質が高くない、ということがあると思われる。
4 東ティモールの安全保障政策について
FFDTL(国軍)は陸軍主体であるが、今後は海洋安全保障にシフトしていくべきであり、東ティモールとしても現在脆弱な海軍および海上警察を強化していく考えである。例えばIUU漁業のために多額の損害が発生しているが、これらを十分に取り締まれる能力がない。豪州が2023年にパトロールボートを供与して要員の能力強化にも協力する予定であり、日本としても海洋安全保障能力強化に協力していくべきであると考えている。
5. 石油基金に関して
毎年、持続可能な収入により引出額の上限が決められているが、国民議会が承認すればこれを超えて支出することが可能であり、上限額以上の引き出しが常態化している。今回、石油基金法が改正されると、ティモール・ギャップは、国民議会のコントロールなしに石油基金から自由にお金を引き出せるようになるのではないか。
【一般討論会の概要】
参加者全員による自由な意見交換が行われた。発言の要旨は以下のとおりであります。
キハラハント愛東京大学准教授は、和解について、東ティモールとインドネシアの国家間で和解するということと別に、被害者と加害者の和解という面があることを指摘し、特に1999年から東ティモールの住民、特に人権侵害の被害者と関わってきた経験から、東ティモールの指導者たちが和解を推し進めたことには、どれだけ人々、特に被害者たちの声が反映されていたのかと疑問を呈した。これは、法よりも一握りの指導者たちに追随する傾向の強い東ティモールのコミュニティにおいては特に留意する点であると指摘した。
井上健 JICAシニアアドバイザーは2007年から6年間、UNMITに民主的ガバナンス部長として奉職したものとしてお聞きしたいと述べた。民主的ガバナンスには民主化の促進と国家経営の改善という二つの柱があるが、現在の東ティモールでは、民主主義の基本理念は大体定着し、もはや内乱が再発するような事態にはならないのではないかと思う。しかし国家経営という点からは、いまだに汚職が多く、行政能力も低いのではないかと思うが、現状はどうだろうか。また石油収入があるにもかかわらず、なぜ経済発展が進まないのか。国家の発展戦略が不適切でインフラ整備も不十分だからではないのか。また個々の企業経営に関しても優秀なティモール人経営者、資本金、人材が不足しているのではないか。現在の失業率はどの程度か、また外国資本の誘致にあたって言語の問題があるのではないかと思うがどのような状況か。日本政府には、民主主義の一層の定着を図るための市民教育と行政能力の向上のための人材育成に力を入れてほしいと述べた。
南大使、本日は貴重なご講義をありがとうございました。 当方は10年前の2006年8月から約14か月間、東ティモールで緊急人道支援に携わりました。当時は平和維持において、課題が山積みであるという印象を受けていましたが、本日の南大使のお話聞き、直面しているステージは変われど、課題は山積みであるという印象を受けています。一点ご質問がございます。「政治的不安性と世代交代」についてのお話の中で、内閣・国会間の対立、また一定の歴史的指導者が主導権を握っているとの言及がございましたが、2006年当時、「軍」対「警察」、「東部出身者」対「西部出身者」の対立が顕著化していましたが、現在もそのような対立構造が残っているのでしょうか。
東ティモールが2030年持続可能な開発アジェンダ形成において、SDG16(平和で包摂的な社会を促進や法の支配)を設けることを主張したことは、意義深い。それは、この国が2030年アジェンダの主唱国コロンビアのように動乱後に国民的和解を遂げたという国情を反映したものと思われ、今後、2030年アジェンダのもとSDGsの達成にどのように取り組むかが注目される。また、同国の油田等炭化水素資源の開発は、SDGsで企図された世界的デカーボ二ゼーションの潮流にどのようにフィットするの?東ティモールの安全保障の課題は何か? 同国は、海洋の安全確保を含め国の安全保障のため、地域安全保障機構にどのようにかかわっていくのか?
1999年の東ティモール独立を問う住民投票から2002年まで国連暫定行政機構に勤務していた。エルメラの住民投票の投票所にて民兵の襲撃を受け、逃げ遅れた投票所係員をかばって被弾し負傷した。しかし投票所を再開し、住民は恐怖にめげず戻ってきた。住民投票から20年、近年は主に中東(パレスチナ、イスラエル、エジプト)に在勤してきたため、東ティモールから離れてしまっていたが、本日の大使のお話とディスカッションを拝聴し、東ティモールの独立とその後の歩みは人類の歴史の中でも例のない挑戦であると実感した。微力なれどかかわる機会を得た事を改めて感謝したい。また、前述の襲撃を受けた際の投票所係員はその後日本に研修に来る機会を得た。この場をお借りして大使はじめご各位のご尽力に感謝申し上げたい。
源田孝防衛大学教授は東ティモールがアシアン(ASEAN)に加盟していない点と東ティモールでの近海での漁業を管理する必要性に関して見解を述べた。
上記のコメントを踏まえて、南大使からのコメントは、以下のとおり。
(1)ジャングル戦の兵士には手厚い保障があるが、被害があった人たちに癒しがなされているかは疑問。ほとんど実施されておらず、被害者救済不十分。
(2)インフラは進んでいるが、関心高いのは道路。 電気も足りているが停電が起こる。質が悪いのは腐敗と関連しているのではないか。現在の建設システムではブローカーがおり、下請けの下請けになってしまい質が悪い。
(3)防大一期生のうち1人は、また日本に戻って大学院コースに入った。女性はUNTLで日本語講座行なっている。
(4)SDGsゴール16は、コロンビアが最初に主張。当初SDGsは環境主体目標だった。ポストMDGsとして開発目標を一緒にしたいということで、経済成長、インフラがかなり入って 環境が薄れてしまっている。
(5)東ティモール軍の中の対立があったとしても、それは表面化していない。東と西の対立は根底にはあるかもしれないが、外には出てきていない。
(6)シンガポールは、能力の乏しい東ティモールがASEANに入ることを嫌がっている。東ティモールの外交力、英語力で対応しきれるかは疑問が残る。
長谷川祐弘 日本国際平和構築協会 理事長
討論の最後に長谷川理事長が南博大使の発表の要点と討論者と発言者の意見交換が実り多かったことに感謝の意を表した。そして討論されたうちでの重要な事柄として4点指摘した。第一には東ティモールとインドネシアとの和解に関して、国連が主張している「正義」を守る必要性と安保理が政治安全保障の面から判断される点の相違があることを指摘した。第二点として、「和解」が成功したことは、東ティモールの指導者だけではなく、インドネシアの指導者とくに当時大統領であったスシロ・バンバン・ユドヨノ氏の役割が甚大であった。そして日本と中国そして韓国は学ぶところが多々あると言ってよい。第三には独立と民主主義を確立するための指導力と維持可能な開発と経済成長を成し遂げる指導者の資質は必ずしも同様でない点である。長谷川理事長は最後に東ティモールに駐在する大使や外交官に現地の指導者が何を期待しているかに言及した。ラモス=ホルタ氏が大統領であった時には日本からインフラ整備と人材育成が望まれた。現在官房長官の役割を果たしているアジオ・ペレイラ大臣からは、東ティモールの多民族的と多文化の社会に対する感受性、歴史を深く理解すること、若者と現地の住民との交流、日本と東ティモールとの文化交流の促進の重要性が言及されたことを明らかにした。