ホスト大学の教授で討論者の遠藤貢東京大学教授が、民族間の対立が紛争の主な要因であり、クーデターと内戦のトレードオフという議論があることを指摘され、会員から様々な見解が述べられ討論された。
日本国際平和構築協会は、2018月1月28日(日)に東京大学 駒場キャンパスで開かれた28回目の研究会セミナーにて、元駐南スーダン大使の紀谷昌彦外務省アフリカ部参事官をお迎えし、日本の南スーダン平和構築支援がどのように行われたのか、「現場からの視点」でご講演いただき、参加者と意見交換をしました。このセミナーは、国連システム学術評議会(ACUNS)東京連絡事務所の後援を受けました。司会は、当協会の事務局長であるキハラハント愛 東京大学大学院准教授が務めました。
15:00-15:10 開会の辞 キハラハント愛事務局長
15:10-15:50 講演・討論会『我が国の対南スーダン平和構築支援:現場からの視点』
講演者: 紀谷昌彦 外務省アフリカ部参事官、元駐南スーダン大使
15:50-16:10 パネル討論会
- 紀谷昌彦 外務省アフリカ部参事官、元駐南スーダン大使
- 遠藤貢 東京大学大学院教授
- 東大作 上智大学准教授
- 今井高樹 日本国際ボランティアセンター 南スーダン緊急支援担当/人道支援・平和構築グループマネージャー
16:10-16:20 小休憩
16:20-17:20 質疑応答
モデレーター: 長谷川祐弘 理事長
17:20-17:30 事務局からの報告(谷本真邦 事務局次長)
紀谷昌彦元南スーダン大使は、はじめに、200万人もの難民と避難民を出している世界最大規模の人道危機が継続していることに言及した。そして、日本も含めた国際社会が、今なぜ人道援助や開発支援のみならず政治プロセスなど平和構築にどのように関与していくべきかを語った。南スーダンでの紛争の経緯と国連とIGADの関与を説明し、何が問題であるか、紛争の要因として、政治、治安、行政、経済社会問題に触れた。南スーダンが自ら主導し、国際社会の支援の下で、どのように平和が実現するか、国際社会の取り組みを含めた課題を分析した。そして、日本が強み生かして支援するにはどうしたら良いか説いた。
紀谷昌彦大使の講演の後で3人の討論者が見解を述べた。
民族間の対立は、紛争発生の大きな要因である。だからこそ紛争後には民族間で閣僚ポストを分割するなどパワーシェアリング(権力分有)が行われる。南スーダンでは、キールとマチャルが大統領職と副大統領職を分け合った。しかし選挙を翌年に控えた2013年にキールはマチャルを副大統領職から解任し、その後マチャル側との内戦状態に入った。なぜこういった事態が生じたのか。
アフリカ紛争研究で、クーデターと内戦のトレードオフという議論がある。それは、権力分有をすればクーデターリスクが高まり、クーデターを予防するために権力分有を解体すると今度は内戦リスクが高まるというものだ。仮にこのメカニズムが認識されていれば、南スーダンで2013年の段階で紛争拡大の予防手段を打てたかもしれない。また、これと関連して、紛争後の国家で選挙を行うことの適切性も問われるだろう。選挙は政権の正統性を高めるが、実施プロセスを透明で信頼あるものにするための仕組みの構築は難しいからだ。
平和構築支援の在り方についても課題がある。本来、平和構築は現地主導で行われるべきものである。外部アクターの関心を投影させようとすれば、そこに予期しない事態が発生する危険性が高まるということは広く認識されている。しかし、南スーダン国内に平和構築を主導する制度的枠組みがいまだ整備されていないのも現実である。そこをどう克服し現地の主導性を高めるか、これは今後の課題である。
複数の課題がある。まず、和平プロセスにおいてマチャルをどう捉えるかという問題がある。すなわち、彼を和平プロセスに入れるのか、もしくはそこから排除するのかという問題である。例えば、2015年にAUやIGADの関係者に話を聞けば、マチャルを和平プロセスから追放することは危険であるという認識は共有されていた。しかし最近では、マチャルの側近からも彼の好戦性を危惧する声が出ている。彼の陣営からもマチャル自身に対する正統性が低下しているといえるのが現状だ。今後の和平プロセスで彼をどう扱うかというのは、難しい課題になるだろう。
次に、和平後を見据えた南スーダン国内の人材育成にも課題がある。一方では、将来の国を育てていく人材の育成が必要だが、他方で、そのプロセスではヌエル族とディンカ族という対立する部族間の公平性を確保する必要もある。人づくりと和解という二つの課題にいかにして同時並行的に取り組んでいくのか、この点は今後の課題である。
最後に、南スーダン和平の政治プロセスにおける日本の役割にも課題がある。日本がIGADに替わるかたちで南スーダン政府と反政府側勢力の交渉に関与するのは非常に難しいだろう。そうであれば、日本が南スーダンの和平プロセスに独自の方法で関与するというとき、IGADとの関係も見据えながらどういったかたちが最善になるのか、今後この点は検討する必要があるだろう。
南スーダンの平和構築においては、避難民だけではなく、市民の生活不満という課題もある。ジュバでは物価高騰にもかかわらず給与は上がらず、また未払いが問題化している。給与未払いは軍人による略奪や強盗団の横行などの治安面の悪化を招いている。しかし南スーダン政府はこうした課題に対応できていない。そのため、政治全体に対する市民の不信感は非常に高い。こうしたなかで日本は、南スーダンの行政諸制度の整備や人材育成に力を入れて支援をするべきである。各地で戦闘が散発し、政府に対する不信の度が高い現状では、インフラ支援を急ぐよりも能力構築支援と人材育成支援を優先的に行うべきだ。
また将来的に和平が達成されたときの住民帰還に関係する課題もある。紛争時に居住地を追われた住民が和平後に帰還する場合、紛争時に入ってきた別の集団との間で土地問題が発生するだろう。そのため住民帰還を進めるためには、問題の調停を行う地方行政機能が求められる。今後は、中央政府だけではなく地方行政の人材育成も必要だ。人材育成に際しては、日本からの人材派遣も必要である。特にこの点で日本人に対する現地の信頼感は高く、欧米諸国が発揮できない強みを日本は持っている。
最後に、自衛隊も含めたオールジャパンとしての支援体制については、NGOの立場から危惧している。NGOの活動の中立性という点から、軍から一定に距離を保つことが必要だからだ。
コメンテーターズの意見がのべられた後に、会員と一般参加者から、多角的な面からの見解が述べられともに、質問がなされた。
猪又忠徳 会員は、なぜ日本が南スーダンのような紛争地域に支援をしていかなければならないのか、現在の日本の状況に鑑み、国民に対する説得力のある説明が必要であると指摘した。西側諸国はR2P(保護する責任)的理由で南スーダンへのPOC(文民の保護)を是認しているが、これでは日本国民は納得しない。日本のPKOへの派遣は、UNTAC以降は、他の国からの派遣との横並びを念頭においた対応である。南スーダンへの派遣は、時系列的に考えると、ハイチからの撤退分の振替であろうと述べた。日本は、人道的介入、あるいは十字軍的な支援ではなく、紀谷大使および今井氏が日本の援助の強みと指摘したように、「草の根レベル」で、地域の人々の安心・安全向上のための自立自助を支援する活動に力を入れるべきであると説いた。
水野孝昭 副理事長が、南スーダンでは、戦闘に行っている部族などが、まだ戦いに疲れ果てていないというのが現状でないかとのべ、支援をするにあたってはレガシーを残すことが意義あると述べた。
黒澤 啓 会員が北との問題に関してふれた。自律精神(Discipline)の重要性を説いた。
井上健 監事が南スーダンで紛争に再び陥ったことは国際社会の関与の失敗と見なされると述べ、スポイラー(Spoilers)の問題に言及した。そして日本の自衛隊に南スーダンに戻る可能性に関して質問した。究極的には政治的な解決策を見出す必要性を指摘した。
花田吉隆 副理事長より、南スーダンは50年以上にもわたり状況が安定せず、アジアならともかくアフリカの場合、我が国の支援の必要性に関しこれまで以上に国民に対する説明責任を考えていかなければならない、本当であれば、いつまでにこれだけの成果が出て、最終的にこれだけの貢献をすればいい、ということが言えればいいのだが、インフラ支援と違って紛争解決の支援ではそうはいかない。もう一つの方法は、できるだけ金のかからない支援を工夫していくことで、すでに重点を置いている人材育成や制度構築支援はこの流れだろうが、金のかかる「箱モノ支援」、インフラ支援は考え直さなければならなくなるかもしれない、北欧が行っている紛争仲介などもこのタイプの節約型支援と見ることができる、財政赤字が巨額に膨れ上がる中、今まで考えたこともないような、節約型で高い効果が期待できる支援という視点で考えなければならなくなる、そういう考慮はこれからますます求められていくに違いない、旨発言があった。
山崎節子 会員が、外国とくに大国からの介入が、必ずしも紛争終結と平和の達成に役立っていないと述べた。
一般参加者の庄司真理子氏が、国際機関による女性のエンパワーメントプログラムが南スーダンで行われたのか、その裨益者の女性達は今活躍しているのか、を質問した。
一般参加者の久山純弘氏が、平和構築支援に当っては、その支援が当該国の復興開発の持続性(sustainability)を確保するものとなることの必要性に言及した。また、国連の平和構築委員会に関し、安保理・総会決議(’Sustaining Peace’, 2016年4月)によりエンドースされた通り、単に紛争後の平和構築にとどまらず、予防(prevention)の面での役割の重要性を指摘した。
参加者からの質問に応じて、紀谷昌彦大使は日本の支援が南スーダン政府や人々に深く感謝されている点を強調した。日本が出来る範囲が憲法で定められており、その範囲内で行っていくことは国際社会で理解されているとのべた。自衛隊部隊が高い能力と自律精神で,通常任務や各種行事を通じて行動していたことはUNMISSのモラル向上にも貢献した。南スーダンでは、政治プロセスに関与している主なアクターはIGAD(周辺諸国)とトロイカと呼ばれる米国、英国、ノルウェーであると説明した。そして、アフリカ連合が機能することが重要であり、国連が維持できる開発(SDGs)などを通して貢献できると述べた。日本は人道・開発支援とPKO活動をより緊密に連携して,オールジャパンの効率的・効果的支援を実現するのが良いと述べた。
討論会の最後に、長谷川祐弘理事長が、紀谷昌彦大使の貴重な講演に感謝の意を述べるとともに、カンボジアや東ティモールで行ったように独立後の直後には南スーダンでも国連が暫定統治(Transitional Administration)を行い、社会を安定させ国家の政治体制の基盤を構築すべきであったと指摘した。平和構築と国造りをする心構えが指導者たちに欠けていることが紛争を長引く決定的な要因であり、国益のために「良き政治」(good governance) を施行する志を抱くように助成することを国連平和ミッションの目的の一つにすべきであると説いた。
今回の研究会セミナーには、20名の会員と10名の一般参加者が参加された。