In his capacity as Special Assistant, Mr. Yamada will assist the Secretary-General in directly communicating with GPAJ members about the forthcoming events and also the outcome of periodic seminars and other events.
Mr. Icchiku Yamada is a graduate student of the University of Tokyo enrolled in the Graduate Program on Human Security (HSP). He is also the founder and representative of a non-profit organization, “Stand with Syria Japan (SSJ)” which is an officially affiliated organization of J-FUN (Japan Forum for UNHCR and NGOs). In 2016, he actively organized large-scale public events on Syria in Tokyo, which gathered approximately 800 participants altogether and covered by the Japanese media.
At the first annual conference of the Global Peacebuilding Association held on December 2, 2017, Mr. Yamada made a presentation of the problems encountered by Tamil and Muslim minorities in post-war Sri Lanka from the perspective of human security.
He has received a BA in Intercultural Communication Studies from Rikkyo University, Tokyo, Japan with his research on the condition of human security of minority groups in Northern Sri Lanka based on his 4-month field research in conflict-affected areas. Also, he underwent an academic training from the Peace and Conflict Resolution Course in Foundation for International Education (FIE), London, UK.
こんにちは。上智大学三年の光安慧と申します。先日東京大学で行われたエイハムさんのシンポジウムに参加させていただきました。シリアについてたくさんの見方がある中、どのように構造をとらえるべきか有名な先生方のそれを知れたこと、また実際にエイハムさんの叫びをきけたこと、とても貴重な経験をありがとうございました。特に私の中に今も重く残っているのはGhiyathさんの話をする一竹さんの姿です。
私はシリアの人たちが、あんなに美しい人たちが本当はどんな状況のあって本当に欲しているものは何なのか知りたくてキリスというトルコとシリアの国境の町に行きました。ニュースは様々なことを伝えますがそれが本当のことなのか、私たちには確たる足場がありません。また日本にも世界にも彼らのためのNGOはありますが私はそれが本当に彼らの役に実際に立っているのか信じることができません。でもシリアで紛争が起きているのは事実ということはわかります。だから彼らと一緒にいて、彼らが望むものを直接聞いて、それをしようと思いました。
また、日本においては彼らのことを気に掛ける人はシンポジウムに参加したり話を聞きに行ったりしますが、興味がない人は本当に気にも留めません。私はそれが嫌だし、私たちがひたすら西に行けば彼らはいるのです。興味を持ってほしいではなく無理やりでも顔を向けさせなければならないことだと私は思っています。本来興味のない人々に顔を向けさせるには彼らの日常に羽の爆弾を落とすべきです。私はいくつかのアイデアをもっていて実現に向けて動いています。
キリスではいつも爆弾の音が聞こえていました。シリア方面の空は噴煙で灰色でした。山の上から見ればどちらがシリアなのかひと目でわかりました。キリス市長さんが様々なデータを見せてくださって、爆弾で破壊された町の中心部のモスクやレストラン、ほんの1週間前に爆弾で死んでしまった男性の跡が残る場所に連れて行ってくれました。Gazantep大学の生徒や教授、トルコ警察、救急隊、軍隊、またたくさんシリア人の方々から彼らの思い、家族をどのように殺されたか、PKKにつかまって何をされたのかなど、様々な立場の人が、話したくないようなことを私に語ってくれました。キリスに立つ前に訪れたIHHやAID,TRTで働く方たちのなかにはこれから私が体験することを記録に残すべきだと勧める方がいました。私もそのような思いはあったのですが、口に出したくないことを私に伝えるために口に出す彼らの真正面にいながら、自ら彼らと自分との間にカメラを挟むことはできませんでした。だからわたしが今記録として持っているものは中途半端なものです。いつか決めないといけないと思っていますがまだ答えは出ていません。
今もトルコであった方々、TRTのジャーナリスト、IHHのスタッフさん、キリスの方々が連絡をくれて、私に今何が起きているのかを教えてくれています。最近では私をシリアに救急隊の一人として入れようとしてくれたMustafaさんがドローンを使ったやり方を教えてくれています。
私はただ傷ついている、あんなにきれいな人たちに1人だと思ってほしくないし、私が友人と楽しい時間を過ごしている時に足がちぎれた子がいるこの状況が大嫌いです。やっと20になったのでこの耐えられない思いから行きました。
IHHで「お前は神様じゃない。おまえのできることをやれ」といわれました。私は私ができることをやっています。もし、お手伝いできることがあれば、教えてください。